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2016/08/04

しおんちゃんの頑張った記録~⑧手術の記録・時間が経って思うこと

しおんちゃんの手術、目標は子宮・卵巣の摘出と膀胱から結石を取り除くこと。
開腹してみて優先順位を決め、麻酔下のしおんちゃんの状態で出来る限りということで臨む。

しおんちゃんの頑張った記録⑧1

術中、麻酔は安定していたので予定通りに進められたのだけど、開腹してみたら、卵巣の腫瘍は消化管に癒着していたため、卵巣摘出は出来なかった。
腫瘍には手を付けられないため、良性か悪性かは判断できず。
小康状態になっても、おなかには常にガスが溜まってウンチが安定しなかったのは、この癒着も一因だった可能性が高い。

子宮は摘出できた。
病理の結果、内膜に非腫瘍性の増殖性変化が認められた。
腫瘍ではないので悪性のものではなかったけれど、増殖していた子宮の下部がかなり硬くなって周囲を圧迫していたため、排尿障害の一因になっていたと思われる。

膀胱結石は取り除けた。

しおんちゃんの頑張った記録⑧2

結石の成分は炭酸カルシウムが98%。ビタミンCで溶けるタイプの結石ではない。
手術の3日前、レントゲンで確認した時に4.9mmと言われた結石が、取り出してみたらさらに大きくなっていた。
ハルちんの結石もそうだけど、体質的に結石ができやすくなってしまうと、短期間にどんどん大きくなってしまうみたい。

術後に受けた説明。
卵巣は摘出できなかったからおハゲは治らないかもしれない。
消化管に癒着があるままなので、おなかの状態には課題が残るかもしれない。
結石と子宮はきれいに取れたので、排尿障害は改善を期待できる。

QOLを下げている大きな要因が1つ取り除けたということで、手術としてはまずまず良い状況だったのだけど、しおんちゃんの体力は限界だったんだろう。
回復に向かうことは出来なかった。

しおんちゃんの頑張った記録⑧5

経過の写真を見ながら説明を受けて、手術について率直に感じたこと。

麻酔をかけるということは、一度身体のいろいろな機能が下がるということ。
手術の内容によって麻酔の時間も深さも変わるのだけど、症状で体力が低下しているところに、手術の大きなストレスがかかっている中で、一度下がった機能をまた持ち上げるというのは、思っていた以上に大変なことだったのだと感じた。

手術について考える時、「痛み」の心配をいつもしていたけど、実際のところ、痛みは痛み止めで抑えることが出来るから、究極のストレスにはならないのかもしれない。
痛みよりも、精神的なストレスの方がはるかに大きかったのではないかと感じた。

人間のように、説明を受けて納得して治療を受けることが出来ない。
知らないところに置き去りにされて、怖くて不安な状態で眠りに落ちて、目が覚めたら自分の身体が急に思うように動かなくなっている。
その違和感や恐怖はどんなにかストレスになった事だろうと思った。

しおんちゃんの頑張った記録⑧6

手術の日はカメラを持参しなかった。
炎症がひどくなってからは、つらそうなしおんちゃんにカメラを向けることが出来なくなって、写真を撮っていない。

術後、「病理に出すと戻って来ないから」と、結石の写真を撮れるように先生が促してくださった。
その時におっちゃんのスマホで撮った数枚しか写真はないと思っていたんだけど、先週になって、自分の携帯の中にこの日のしおんちゃんのお写真を発見。

麻酔が覚めた後、入院のお部屋で数時間様子見していた時のお写真。
撮ったことをすっかり忘れちゃってたこの2枚がしおんちゃんの最後の写真になった。

しおんちゃんの頑張った記録⑧3

麻酔からは一応覚めたけど、ずっとウトウトしていたしおんちゃん。
(2016年6月11日(土) 17時12分)

しおんちゃんの頑張った記録⑧4

写真を撮ろうと思えたのは、その時のしおんちゃんがつらそうに見えなかったからだと思う。

痛みからは解放されたと思う。
意識はなんとか戻ったけど、半分眠っているような状態だった。
おうちに帰って来れて、苦しまずに、安らかに旅立てたと思う。

しおんちゃんの頑張った記録⑧7

先生も看護士さんも、親身に寄り添ってくれて、精一杯してくださったし、これで良かったと思ったけど、時間が経つにつれていろんな気持ちが押し寄せて来る。
もう考えても仕方ないんだけど、それでも、考えて、考えて、考えて、行き着くのは「正解はないのかもしれない」というところ。

手術前、酸素室に入ったしおんちゃんはカッチンコに固まって放心状態になっていた。
触ることは出来ないので、外から声をかけるけど反応がない。
結局これが、ちゃんと意識のあるしおんちゃんとの最後の時間になったんだけど、あの時、きっとしおんちゃんは怖かったんだろうな。

術前検査に入る前の診察の時、いつもは何でもされるがままのしおんちゃんが初めて、私のシャツの中にダッシュで潜り込んできて、先生が聴診するために抱っこしようとしても頑として出て来なかった。
敏感で繊細なしおんちゃん、いつもと違うことをちゃんと感じているんだなぁと思った。

後になってこの時のことを思い出すと、もしかして、しおんちゃんは「手術なんてしなくていいから、おうちに帰ろうよ」って言っていたのかな?という思いがどうしても消せない。
梅ちゃんとハルちんがいて、私とおっちゃんがいて、冷蔵庫を開ける音がして、美味しいモノがもらえる、いつものおうちが一番良い。
「痛くてもガマンするから、もうちょっとの間おうちで一緒に暮らそうよ」って言いたかったのかなぁと。

しおんちゃんの頑張った記録⑧8

手術をしなかったとしても、もう長くはなかったと思うけど、しおんちゃんが自分から「バイバイ」を言うまで、しおんちゃんが一番安心できるおうちで、そばにいて見守ってあげた方が良かったのかな?という思いが残る。

手術をしなければよかったと思っているのかもよくわからない。
今は目の前で激痛に苦しむしおんちゃんがいないから、違う思いがあるだけなのかもしれないし、あの苦しい状況でもう一度選ぶとしたら、やっぱりまた同じ選びをしてしまうかもしれないけど。

後悔が残らないように、どんなに頑張っても、やっぱり、いろんな思いが残るし、過ぎ去ってしまってもいろいろ悩む。
大事な、宝ものだった命が病気になっておわかれするということは、どんな形を選んでも、そういうものなのかもしれないなぁ。

梅ちゃんのこと9

やっぱりデカい?6

我が家の掟5

モルそばの会9

じゃじゃもる8

テディだからなの?3

しおんちゃんの頑張った記録⑧11



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長ーい記録を読んでくださったみなさまへ


備忘録として書いたので、ホントに長ーくなっちゃいました。

おつき合いくださったみなさま、読んでくださってありがとうございましたm(_ _)m

しおんちゃんのモル生は、時間的には短かったのかもしれませんが、

私にとっては、とっても充実した、濃い3年2ヶ月でした。

特に、最後の1年間の闘病生活は、大変でしたが、かけがえのない時間です。

しおんちゃん、とってもとっても可愛かったです。

愛嬌たっぷりで、にぎやかで、いつも笑わせてくれました。

甘えんぼじゃなかったけど、いつも私を気にしていて、

私の気持ちや言葉に敏感で、

私の足をわざと踏みに来たり、ちょっかい出しに来る様子がたまらなく可愛かったです。

「しおんちゃん」 「しおんしおん」 「しおん子さん」って呼ぶと、

必ずぴくんと反応してこっちを見てました。

思い出すと、この部屋の中にいつもしおんちゃんが見えます。

病気になってしまって、つらい闘病生活が長く続いたけど、

しおんちゃんはウチでとっても幸せに暮らしたんじゃないかなと思います。

大好きな梅ねーちゃんがいてくれたしね。

最後の選びについては、飼い主としては答えが出ないままですが、

しおんちゃんのモル生は幸せだったかな、と思えることに私も幸せを感じています。



しおんちゃんの闘病中、何度も励ましをくださった方々、

旅立ちに際してあたたかいお声掛けを下さったみなさまに心よりお礼申し上げます。

そして、ブログを通していつもしおんちゃんを可愛がってくださったみなさまに

心よりの感謝をお伝えします。

ありがとうございました。


梅ハルしおんのママ





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2016/07/26

しおんちゃんの頑張った記録~⑦最後の日

2016年6月11日(土)手術の日

11:15 病院へ。
術前の血液検査では少々脱水があったけど、心配していた貧血はなし。
前日は食べられなかったしおんちゃんだけど、この日は少し食べられていて顔色も良かった。

繊細ちゃんでアウェイが苦手なしおんちゃんにとって少しでも良い環境を作れるように、ケージを持ち込み、麻酔に入る直前までと、術後、麻酔から覚めるときには立ち合えるようにと便宜を図ってくださった。

12:50 酸素室に移動。

13:10 麻酔準備に入るため、私は退出。

手術自体は13:45~14:45の1時間くらい。

14:50 縫合直後、手術室に通される。
手術を終了したばかりのしおんちゃんが、酸素マスクをつけて手術台の上で横になっていた。

この後は時計を見ていなかったので、どのくらいの時間がかかったのかよく覚えていない。
しおんちゃんが反応を見せるまでにだいぶ長い時間がかかった。
身体のどこから動き始めたのかもよく覚えていない。

身体が動いて反応が戻ったところで酸素室へ。
ここでもかなり長い時間がかかる。不安になる。

だいぶ時間が経った頃、しおんちゃんが一生懸命に起き上がろうとするようになった。
起き上がろうとしてはパタッとまた寝てしまう。
そんなことを何度も繰り返して、ようやく立ち上がった。
でも、目はまた自然につぶってしまってすぐに寝てしまう。

麻酔からは一応覚めたのだと思う。
目は覚めたけど、身体の機能は戻らなかったように思う。
ずっと眠気と闘っているような状態。


酸素室で眠っているしおんちゃん。
しおんちゃんの頑張った記録12

しおんちゃんの頑張った記録13

一生懸命起き上がろうとするしおんちゃん。
しおんちゃんの頑張った記録15

眠気と闘うしおんちゃん。
しおんちゃんの頑張った記録17


この時点で16時くらい。

この後ケージに戻したときには、よろよろしながらもちゃんと自分でダイソーハウスに入って行った。
鼻に近づけた私の手の匂いは嗅いでくれたけど、大好きなみつばには見向きもせず。
いつもは目よりも口よりもお鼻でヒクヒク語るしおんちゃんなのに、お鼻も全く動かず。
「食べる」ということとはとても遠いところにいると思った。

眠気と闘いながら時折ぴょこんと身体が跳ねる。
この時すでに痙攣が始まっていたのだと思う。
「痙攣」という言葉から想像していた動きとはだいぶ違ったのでその時は気付かなかったけど、しおんちゃん自身の意識的な動きではなかった。

この後3時間くらい病院で様子見。
状態は変わらず。

19:30 帰宅準備で抱っこした時におなかが冷たくてびっくりした。
手術直前まで食べていたのにウンチは一つも出ず。
おしっこも若干滲み出している程度でほとんど出ていない。
もうおなかは廻っていなかったと思う。

20:00過ぎに帰宅。
家に着いてケージに戻したとき、朦朧としてよろよろのしおんちゃんが、ちゃんと自分でダイソーハウスに入って行った。
とっても喜んでいるのが伝わってきた。
おうちに帰れてよかった。

20:40 お給餌を試みるも入らず。
唇と口の周りが紫色になっていた。チアノーゼが出ていたのだと思う。

21:00頃 目から光が消えた。というのかな。
どう表現していいのかわからないけど、しおんちゃんの目じゃなくなった。
表情がなくなったというか。
意識が飛んだのだと思う。

この後は、もうしおんちゃんは行っちゃったんだという思いと、まだ息をしているこの身体を何とかしてあげなくちゃという思いがごちゃごちゃで、混乱した数時間を過ごす。

6/12(日)1:00頃 身体に触ると反射反応が活発になってしまうように感じて、もうしおんちゃんに触れなくなる。
ここまできてやっと、あぁ、おわかれなんだと、頭と心全部で思う。

4:10頃 静かに息を引き取る。
反射反応が止まり、背中から見守っていたしおんちゃんの、右のほっぺが小刻みに数秒震え、すーっと息が無くなって行くのが見えた。
すぐに抱き上げて顔に近づけると、まったく匂いがしなくなっていた。
死臭もなかったけど、しおんちゃんの匂いもしなくなっちゃった。

反射反応(「痙攣」という言葉がどうにもしっくりこない)が大きかったせいか、お目目を大きく見開いたまま旅立ってしまった。
なんとか閉じてあげようとしたけど無理だった。
15分くらいで死後硬直が来た。

時期が時期だし、冷やしてあげないといけないとわかっていたけど、最期、抱っこしてあげられなかったから、5時まで、と時間を決めて、動かなくなっちゃったしおんちゃんを抱きしめて横になった。
眠れないけど、一緒にねんねした。

5:00 タオルにくるんで箱の中に寝かせ、涼しい環境を作って安置。

7:30頃 箱を開けてみた時、しおんちゃん、ちゃんとお目目を閉じて、安らかな、ねんねしているみたいなお顔になってた。
信じられなかった。
もう硬くなっていたのに。自分でちゃんと閉じたんだ。

安らかなお顔で寝んねしているしおんちゃんを見た時、私の中でぐちゃぐちゃに渦巻いていたいろんな想いに対して、しおんちゃんが「大丈夫だよ」と言ってくれたように感じて、私の心は本当に救われた。


しおんちゃんの頑張った記録19





しおんちゃん、みんながいるおうちに帰って来るためだけに戻って来たのかな。

おめでとしおんちゃん6

毎日抱っこして暑苦しく大好き大好き言ってた飼い主だからもう耳にタコだと思うけど、

しおんちゃん、今日も、明日も、明後日も、ずーっと毎日大好きだよ。

ちょっとの間おわかれだけど、またね。





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2016/07/24

しおんちゃんの頑張った記録~⑥終末医療の選択

6/6(月) 夜、陰部がいつもの倍くらいの大きさに肥大。
腫れている、というよりは、電球のソケットのような感じに出っ張って「目立つ」という状態。
強い痛みはないようだったけど、そう言えば少し前からいつものようにペタンと横になって眠っていなかったように思う。

6/7(火) 朝起きたら陰部が赤く腫れあがり、激痛が始まっていた。
遠くのかかりつけ医に私だけ通院し、様子を話して局所麻酔軟膏を出してもらう。体重817g。

最重要確認事項6

翌日になっても局所麻酔軟膏が効かない。排泄は激痛。
普通に立った姿勢では炎症患部が床についてしまって痛いので、競馬の騎手のようにお尻を高くした恰好を保っていなければならなくなる。
楽な姿勢がとれないので眠れない。痛みと疲労で消耗が激しい。食欲が落ちる。

転院先の先生は、あれこれせずに見守るだけ、という考え方で徹底していた。
そういう考え方もあるだろうし、草食動物はもうダメだと自分で思ったら自分で死を選ぶというのも聞いたことがあったけど、目の前で、片時も休みなく激痛と闘うしおんちゃんをただ見守っているだけというのは、モルを初めて見送る私にはつらすぎた。

排泄で悲鳴を上げるのも、食べられなくなっていくのもつらかったけど、見ていて一番つらかったのは眠れないこと。休めないこと。
私も眠れなくなり、2時間眠ると目が覚めるようになった。
起きて様子を見に行く度に、眠りたいけど眠れないしおんちゃんを見て、眠った自分に罪悪感を覚えた。

競艶2

6/8(水) どうしようもなくなり、近い方の病院に通院。
レントゲンで4.5×4.9mmの結石を確認。たった2週間で直径が2倍以上に大きくなってしまった。
消炎効果のある抗生物質のパウダー薬を出してもらう。体重797g。

エコノログサ15

「治療の苦痛の意味を理解できないこの子たちに、完治の見込みの低い手術はしない。
出来るだけ自然に見守って、いよいよになったら安楽死を視野に入れても良いのではないか。」

みんなが元気だった頃、私はそんな風に漠然と考えていたけど、実際にこうなってみると、状態は頭で考えていたほどシンプルではないし、いつがその「いよいよ」の時なのかわからなかった。
しおんちゃんは激痛の中でもなんとか食べようとしていたし、前を向いていたから。

同居12

この日の夜、初めて手術について考える。

「苦しませたくない」というのがこの時の私の一番の望みで、正直な気持ちだった。
だけど、安楽死は選べない。
そう思った時にふと、「緩和ケア」の選択肢の一つとして手術というのはありなのではないか?という考えが浮かんだ。

現状、激痛が続いていて、食べる、出す、眠るという基本的な生命活動が困難ですでに最悪の状態。
炎症の原因は外側のことではないので、外用薬で解決できる問題ではない。
この先、明るい見通しがなく、その先に待っているお別れは時間の問題。
どのみち痛みから救ってあげることが出来ないのなら、可能性がゼロではない手術の痛みの方が前向きなのではないか?

なんちゃって七草7

6/9(木)パウダーのお薬が効いたようで、見た目には腫れが若干落ち着いたようだけど、激痛は変わらず。
しおんちゃんと何度も何度もお話しして、(もちろんしゃべってるのは一方的に私だけど、)手術の方向で行こうという気持ちは変わらずに1日を過ごす。

ずっと力んで競馬の騎手のような姿勢をしている負担が足に出て、夜、右足の甲が紫色に変色。
痛みなのか?しびれなのか?違和感があるようで執拗に舐める。
陰部の腫れは少し引いたけど、夜、炎症の赤味がひどい部分の一部が裂けて少量出血する。

激痛と闘いながらも、この日の午後、届いたばかりのオーツヘイを美味しそうに食べた。
その姿を見ていて、しおんちゃんの強さを感じ、手術も頑張れるんじゃないかという気がした。

新キャラ5

6/10(金) 朝、先生に手術の意向を電話で伝える。
この日はほとんど食べられず。
「最後の賭け」と言うにはリスクが高すぎるので、もともとお別れも覚悟しての手術なのだけど、それでも、食べられない状態で手術に臨むことを迷う。

夜、手術についての最終的な相談で私だけ通院。
対症療法での緩和ケアには限界が来るし、その先に明るい材料が全く見つけられない。
先生ともう一度話し合い、リスクは高くても、今の状態では手術をすることの方が前向きであるというところに行き着く。
最悪のシナリオとして、回復につながらない「緩和ケア」という形になるとしても、前を向いて進むしかないように思えた。





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2016/07/23

しおんちゃんの頑張った記録~⑤再び悪化

治療をやめて、自力食で元気になったしおんちゃん。
具合が悪かった時から比べると、様子だけを見てたら、もしかして全部良くなったんじゃないかな?と錯覚してしまうくらい、毎日美味しそうに食べて、楽しそうにねーちゃんとハルちんにちょっかい出して過ごしていたけど、ウンチが本調子には戻らないこと、おハゲが日に日に広がっていることから、身体の中では何かが起こっていることはわかっていた。
元々太りやすい体質だったしおんちゃんが、ペレットも牧草もモリモリ食べているのに920g以上に体重が増えることがないのも、身体の中になんらかのエネルギーを消耗するものがあるんだろうと。

しおんちゃんの頑張った記録6

おハゲに関しては、皮膚病やストレスではなさそうなので、そうなるとホルモン異常ということになる。
転院前に何度か検査して、婦人科系疾患の可能性は低かったこともあり、先生は副腎皮質の異常分泌の可能性に言及していた。

「モルモット完全飼育」とネットで調べてみたら、副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)はモルモットの場合、治療方法が確立されておらず、治療も手探りになること、治療をしなければいずれ死に至ることなどがわかった。
ただ、クッシング症候群のどの記述を見ても必ず挙げられている「多食なのに痩せる」という症状はしおんちゃんには当てはまらなかった。
クッシングで痩せる場合、背骨がゴツゴツ触れるくらいに顕著に痩せるそうだ。

いずれにしても、この時のしおんちゃんに負担のかかる検査や治療は無理だったので、原因を追究することはしなかった。

しおんちゃんの頑張った記録11

5月の半ば頃、ブログを見てくださっている方から、「しおんちゃんのおハゲは婦人科系疾患だったウチの子のおハゲとそっくり」というメールを頂き、もう一度よくよく調べてみると、卵巣疾患の症状がしおんちゃんにドンピシャ当てはまる。

副腎皮質じゃなくて、もし婦人科系疾患であるなら、命に関わる状態にならないで暮らしていけるかもしれない!と思った。
婦人科系なら、手術が無理でも、悪性じゃなくて進行が遅ければ可能性はある。

それに、体力的に今すぐの手術は無理でも、このまま小康状態が続いて体力が回復していけば、将来的にはもしかして手術だって出来るくらい元気になれるんじゃないか?という淡い期待も頭の片隅の片隅くらいにちらっと生まれた。

なんちゃって七草5

5/22(日)四半期に一度の検診の時期でもあったので、通院。検査をお願いしてみたけど、手術が無理なしおんちゃんに検査は必要ないということでしてもらえず。

5/23(月)手術をするかしないかではなく、現状はわかるものなら知りたい。
痛みや負担のない検査だけなら大丈夫だろうと思って、転院前まで治療でお世話になっていた近い方の病院でレントゲンとエコーの検査をお願いする。
子宮・卵巣に病巣があることがわかり、膀胱結石(2.2mm)を確認。

5/24(火)の夜から血尿が始まる。

5/26(木)尿検査。細菌感染はなし。
結石があることがわかっていたので診察も受けた方が良いと思い、通院。
どっちの病院に行くか迷ったけど、最後までお願いしようと思って転院した先生に経過を診てもらった方が良いと思ったのでそちらへ。
この選択がこの時のしおんちゃんにはきつかったと思う。
片道45分、待ち時間1時間半。だいぶ負担をかけてしまう。
予約制ではないので、待ち時間が読めない。
こちらの病院への通院はもう無理だと思った。

5/29(日)下痢。私だけでお薬(プリンぺラン)をもらいに行く。

6/1(水)おなかが復調。血尿はあるけど、食欲、お元気は復活。
下痢をすると体重が落ちてしまう。この時点で870g前後。

6/3(金)調子は悪くないのに体重がじわじわと減り始める。830g前後。

どんなもんですかね?4

しおんちゃんは繊細ちゃんで、私の言葉や気持ちにとても敏感だった。
おハゲを話題にされたり、写真を撮られることが嫌いだったから、あえておハゲの記録は残さなかったけど、この時、おなか全面と背中から下2/3はツルッとおハゲ、首から頭にかけてと鼻筋の白い部分がスカスカの薄毛になっていた。

9月に黒く膨らみ始めた乳首周辺は固くしぼんでカリカリになり、今にもポロッと取れそうな状態に。
かゆみや痛みはなく、気にして噛んだりしなかったから、傷にならなくてよかった。

同居の副作用?2

通院はきっかけにすぎなかったとは思うけど、通院させたから具合悪くなっちゃったのかな?という自責の思いが私の中にどうしても残った。
とっても微妙なバランスで、本来あり得ないような小康状態を保っていることを、転院先の先生はわかっていたんだろう。
だから、「しおんちゃんはもう何もしない方が良い」と言ったんだろう。
病気は進行していたのだから、この日に通院してもしなくても遅かれ早かれ崩れていただろうけど、もし通院していなければ、もしかしたらあと何日か、何週間かは穏やかに過ごせたのかな?

メリークリスマス2013 10

このことはささやかな後悔になったけど、「もしもっと早くに手術をしていたら助けられたかな?」という、後々もっと大きく残ったかもしれない後悔の気持ちから私を救ってくれたとも思う。

しおんちゃんの状態を考慮して納得して、手術はしないという選択をしたけど、闘病中、しおんちゃんを心配して寄せられた手術の勧めや、手術して元気になれたという経験、アドバイスを伺うたびに、私の中にはいつも揺れる気持ちがあったから。

食べられるようになって、だいぶ元気になったと思っていたのに、通院と検査でここまでバランスが崩れてしまう状態だったことを目の当たりにして、しおんちゃんに手術はやっぱり無理だったなぁ…と、あきらめがついた。

モルモットは具合の悪いことを隠すと聞いてはいたけど、この時ほどそれを実感したことはなかった。
あんなに元気だったのに。
しおんちゃん、ホントはしんどかったけど、いっぱいいっぱい頑張っていたんだね。






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2016/07/16

しおんちゃんの頑張った記録④~しおんちゃんの生きる力

2015年11月半ば。
アロマでスタートしたしおんちゃんの自然療法だけど、結局、アロマを使ったのはほんの数日。
ニンゲンの鼻ではわからないくらい‘うすーくディフューズする’ってのも難しかったし、繊細なしおんちゃんには慣れない匂いは逆にストレスになるんじゃないかと思ったので、やめた。
だから、結果的にはただ治療をやめただけになっちゃった。

体重測定2014年8月31日8

だけど、アロマの考え方は私が感じたことと同じ方向で、この時のしおんちゃんには大正解だった。
アロマテラピーはリラックスして自己免疫力を高め、自然治癒を促すことが目的なので、出来る限りでストレスを排除する方向で生活することが大切。
しおんちゃんの意志を尊重し、すべての「強制」をやめて2日後、しおんちゃんのお顔に力が戻り、表情が生き生きし始める。

お薬は、差し出してみて、自分から食いついて飲むものだけを飲ませた。
おなかの薬とガス抜きの薬はしばらく飲んでいたけど、だんだん飲まなくなった。
お給餌をやめたので体重は右肩下がりに減って行ったけど、想定範囲内だった。
体重は減っても、日に日に元気を取り戻していったので、食べる、出す、のサイクルが保てていれば、数字にはあまりとらわれずに、しおんちゃんが前を向く力に集中して様子を見ることに。

女子sのその後4

体重は、お給餌をしていた時は900~950g。
お給餌をやめたと同時に減り始め、2月初旬に底をついたときには800g。
100g単位でどんどん減っていくようだと考えなければと思っていたけど、このくらいのペースなら大丈夫だと判断。
もともとが肥満気味だったこともあり、体重が減っても‘軽くなった’という感じで、‘痩せてしまった’という印象はなかった。

びっくり姉妹8

食餌制限も解除して、パセリのような極端にカルシウムの高いもの以外は、しおんちゃんが食べたがるものを梅ハルと同じに与え、カルシウムが高いということでストップしていたペレットも再開。
しおんちゃんはペレットが大好きだったから。
治療中よりも摂取カルシウム量は増え、お薬もやめたけど、不思議なことに血尿頻度は激減。
血尿になっても細菌感染はせず、しおんちゃんは自分の力で菌に打ち勝てる免疫力をつけていった。

お水が飲めないので定期的にレタスで水分補給。
乾燥牧草が食べられないので生牧草を主食に、何種類もの牧草を一掴みずつ与えては励まし、給仕係としてしおんちゃんにはりついて3ヶ月半、2016年2月いっぱいまでを過ごす。
食欲はなかなか上がらなかったけど、食べられなくなるということもなく、元気はキープ。

2016年3月に入った頃からいつもの1番刈りソフト(乾燥牧草)を食べられるようになり、お水も飲めるようになった。
私がはりついて励まさなくても自分でちゃんと食べたり飲んだり出来るようになった。
ペースが取り戻せて体重も増え始め、900~920gを自力で保てるように。
3月下旬に一度血尿が出たけど、下痢にはならずにすぐに回復。
5月下旬に再び体調が崩れるまでの3ヶ月近くの間は不調なくとても元気に過ごすことが出来た。

同居8

2015年11月に転院した時、転院先の先生には、「‘太く短く’という考え方もある」と言われた。
長年たくさんのモルモットを診てきた先生がしおんちゃんを診て、「いつどうなってもおかしくないと思った」そうだ。
先生も、しおんちゃんの状態では「今」を充実させることが最善と判断され、イヤがることをやめてしおんちゃんの生きる力に賭けてみたいという私の考えをサポートしてくれた。

身体の中で病魔が進行している状態とは裏腹に、モリモリ食べて元気を保てた最後の3ヶ月間は、嬉しい想定外というか、奇跡の時間だったと思う。
しおんちゃんが全力で生きる力を発揮して、最後に精一杯、美味しく楽しく過ごした時間だった。


炎症で激痛が始まる5日前のしおんちゃん。
しおんちゃんの頑張った記録1


体調は崩れ始めていたけど、お元気はキープ。いつものようにねーちゃんにちょっかいを出す。
しおんちゃんの頑張った記録2


昨夏、しおんちゃんが体調を崩してからは、ケージ越しがちょうどいいふたりだった。
今思うと、ねーちゃんに攻撃的になっちゃったのは、婦人科疾患の症状だったのかもしれない。

しおんちゃんの頑張った記録3

完治することが叶わない中で、最後に幸せな時間を過ごせたこと、

思いの外、長く、幸せな時間をもらえたことは、

私にとっても大きな慰めとなった。





ながーいでちねぇ。しおん、がんばったでちから!⑤につづくでち!
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